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新薬師寺と薬師寺


なんていうんでしょうか、

「他人のふんどしで相撲とる」…みたいな、

まるでJR東海さんのCMの「尻馬に乗る」…みたいな、

そんなブログ記事をアップするような真似は、
できるだけ慎もう…と、
反省している今日この頃の私です。

あ、もちろん、
そんなつもりは毛頭ないんですよ。

でも、
今回の新薬師寺篇は、
いつにも増して、
反響がスゴイようで…。
結果的にそうなってしまっている感じです。
すいません。
(私は純粋に、CMの大ファンの一人なのであります。)

ちなみに尻馬に乗ってる「新薬師寺CM」関連の過去記事は、
下記です。 ^^;
JR東海 奈良CM 新薬師寺篇
高畑界隈のお得な割引券





それで、

そんな風に反省しつつも、
その舌の根の乾かぬうちに、
またその話題です…、^_^;


前述しましたように、
CMが公開されてからというもの連日、
それ関連の検索キーワードで、
たくさん訪問頂いてます。
(検索結果の上位に表示されてしまうみたいです。
 「ちぇっブログかぁ、騙されたぜ!」って思われた方、ごめんなさい〜。)




そして、

当ブログに訪問くださった方々の、
検索キーワードを、
見るともなしになんとな〜く、
拝見してますと…、

「あ、ちょっと勘違いなさってるかも?!」ってフレーズが、

中にはいくつか見受けられます。

たとえば、

「CM 薬師寺 十二神将」 とか、

「十二神将 京都」 とか、

それに類する言葉がチラホラ…いや、結構かなり。



すると、つい老婆心ながら、

「薬師寺と、薬師寺は、
 まったく別のお寺ですよ〜」
とか、

「新薬師寺の十二神将は、奈良ですよ〜」って、

ちょっと囁きかけたくなってしまう夜のしじまでございます。



薬師寺は、西ノ京に位置する法相宗のお寺で、
新薬師寺は、東の山のふもとの高畑に位置する華厳宗のお寺です。
新薬師寺の「新」は、
リニューアルの意味じゃなくて、^_^;
新薬師寺公式サイトの解説によりますと)
「あらたかな」薬師寺という意味だそうです。

もちろん、
両方、
京都ではなくて奈良です。


ま、一字違いで大違いですから、
それまで奈良にあまり興味がなかった方にとっては、
混同されるのも無理はない…って気がします。
私の友人なんか、
「東大寺」と「唐招提寺」をごっちゃにしてましたからねぇ。
「『とうだいじ』は『とうしょうだいじ』の略式名だと思ってた…」らしいです。
(あ、言っちゃった。○○○さんゴメン。)
そこまでの勘違いの人を目の前にすると、
自分がすごく博識になったような気がしてとっても優越感でした。笑
(さらに追い打ちかけてゴメン。)


それにしても、
新薬師寺と薬師寺の区別がないほど奈良に無関心だった人たちが、
能動的に(検索して)調べようとしてるわけですから、
それ自体、
CM効果を物語ってますよね。
新規観光客層開拓成功!…みたいな感じ? 笑



そんなJR東海CM 薬師寺 篇は→→→ コチラ


ちなみに、
JR東海のCMの薬師寺 篇は、コチラ↓↓↓です。

時が、並び立っておりまする。

かたや1300年前が蘇った西塔
かたや1300年を経た東塔

一度にふたつを仰ぎみることの
なんという贅沢。

いや、
見ているのは、
1300年分の人々の思い・・・ですかな。

いま、ふたたびの奈良へ。

(JR東海うましうるわし奈良  薬師寺篇 ナレーションより)





そして、関連過去記事、
昨年の夏に参拝したときの薬師寺(新薬師寺じゃないほう)の様子は、
下記です。
次は10年後 2010年薬師寺 東塔
2010年薬師寺 西塔

薬師寺、東塔(奈良時代)は、
昨年(2010年)の秋から、
約1OO年ぶりとなる解体修理事業が始まるとのことでしたが、

当初の予定が変更され、
23年度に周囲を覆う素屋根を建設し、
その後、本体解体に着手し30年ごろの完了を目指すそうです。


そして、
薬師寺の東塔の大修理といえば…、

奈良は今後しばらく、
薬師寺東塔以外にも、正倉院、金峯山寺…と、
各所で、大規模修理ラッシュのようです。
↓↓↓

あの国宝も…大規模修理ラッシュ 薬師寺東塔、正倉院、金峯山寺…2011.1.18 12:44
傷みが進み、修理を待つ国宝・金峯山寺仁王門=奈良県吉野町(岩口利一撮影)
古建築の宝庫として知られる奈良県で今後10年以上、国宝建造物などの大規模修理がめじろ押しだ。薬師寺東塔(奈良市)の解体修理や正倉院(同)の屋根葺(ふ)き替えのほか、吉野山の金峯山寺(同県吉野町)は仁王門を平成30年ごろをめどに解体修理する方針を固めた。当麻寺西塔(同県葛城市)なども将来的に修理が見込まれ、国内を代表する文化財建造物の再生事業が相次ぎそうだ。
「凍れる音楽」と呼ばれる薬師寺東塔(奈良時代)は23年度に周囲を覆う素屋根を建設。その後、本体解体に着手し30年ごろの完了を目指す。正倉院正倉(同)も来年度から4年間かけ屋根瓦を葺き替える。
(略)
奈良県内の国宝建造物は64件で全国最多。最近は21年に約10年に及んだ唐招提寺金堂(奈良時代)の解体修理が完了したばかりだが、多くの物件が修理待ちの状態になっている。

あの国宝も…大規模修理ラッシュ 薬師寺東塔、正倉院、金峯山寺…+(1-2ページ) - MSN産経ニュースより引用転載






JR東海 奈良CM 新薬師寺篇


関東のほうでJR東海 奈良のCM、
新作がオンエアされているようです♪

平城遷都1300年の年が終わっても、
シリーズは存続されるとのことですので、
嬉しい限りです。


今回は、高畑町の「新薬師寺」篇。




奈良時代(作者不明)塑造の十二神将たちが主人公。



十二神将とは、
薬師如来の世界とそれを信仰する人を守ってくれる大将で、
各神将には、
さらに7000人の家来がいると言われています。

CMでは、
今にも動き出しそうな躍動感あふれる立像群と、
一瞬にして、天平時代の極彩色に彩られる
伐折羅大将の圧巻の映像などを
見ることができます。

逆立つ炎の髪、
こちらを睨みつけるギョロ目と、
威嚇し唸るような口もと、
真っ青な憤怒の顔。
赤・青・紫・金などの極彩色の甲冑、
宝相華の文様の衣。

今回も、
意表を突く斬新な切り口にビックリ。
たった30秒の中の、極端な動と静の対比が、
なんだか中毒になる感じで、
繰り返し観たくなります。
そのうち、
すっかりバサラの虜に…。笑
今年は、伐折羅(バサラ)ファン急増かも!?




ただ、
普段の新薬師寺の静けさと、
素朴な土色に包まれた、
風情ある十二神将に慣れ親しんでいる地元人には、
刺激強すぎる? 笑

…そう、
以前から、
新薬師寺のお堂の本尊の薬師如来坐像の斜め前にいつも展示されていた、
極彩色に彩られたバサラのアイドル写真みたいなパネル。

像に残るわずかな顔料を分析し、
コンピューターグラフィックスで復元したという画像です。

あのパネルを目にして、
みたくなかったものを見てしまったようなショックを受けたのは、
私だけではないはず。笑
(CG再現なさった大学の先生や研究スタッフの方、こんな言い草、ごめんなさいデス。)


今回のJR東海のCMには、
あの極彩色のバサラが立体になって登場してるわけです。(^_^;)

でも、
約1300年昔は、
まさに、
あの目の覚めるような鮮やかな色だったそうですから…、
そういった意味でも、
はるか昔の天平人の驚嘆を、
リアルに体感できる凄いCMでもあるわけですね。





睨む
凄む
猛りたつ
十二神将は血相を変える
髪を炎にする

飛びかかってくるぞ
みる者の胸に

奈良 新薬師寺
天平が生んだ
ダイナミックな日本

いま
ふたたびの
奈良へ

(CMナレーションより)




今回も、残念ながら奈良では、
オンエアされていませんが、
「うましうるわし奈良」下記サイトで動画を観ることができます。
↓↓↓



Web特別映像の終わりに映し出されるのは、
1200年以上もの間、
本堂を守り続けている鬼瓦。





以下、数日前に訪れたときの新薬師寺かいわいと、
新薬師寺境内の様子です。







新薬師寺のある高畑町は、
風情ある土塀のまち…、
春日山の柳生街道や山の辺の道の入口はすぐ近く。

春日神社神官の屋敷地として出発し、
大正から昭和の初めにかけては、
文人・画家などの文化人らが多く住んでいました。








左手は、
「縁結び」と「縁切り」の神様が並んで祀られている不空院(ふくういん)。
右手は、
ワンちゃんの蛍くんがいつもお庭でお店番?してる素敵なカフェ「ろくさろん」。








新薬師寺南門、そして境内の様子。

本堂は、
薬師寺東塔や東大寺三月堂と同じく、
奈良時代の建造物。




















本堂西側の入り口を入ると、
「天平が生んだ
 ダイナミックな日本」の世界!

円形仏壇には、
渡来人を感じさせる彫の深い優しいお顔の薬師如来像と、
天平塑像の代表作である十二神将像などの仏像群の、
闘士をみなぎらせた睨みの歓迎を受けます。

堂内は土間で、
天井は「化粧屋根裏」。
垂木などがそのままむき出しになっています。

現在の本堂は、
創建当初の金堂ではなく、
他の建物を転用したものであるとのこと。



十二神将の甲・衣は、
大陸のかおり漂う中国風の衣装。
砂塵をさけるためと思われるスカーフを首にまいていたりして、
とても、おしゃれ♪

伐折羅大将(迷企羅大将)
右手腰辺に下げ剣を構える
頞儞羅大将
両手で矢を構える
波夷羅大将(宮毘羅大将)※国宝指定外
両手に弓矢
毘羯羅大将
右手に三鈷杵
摩虎羅大将
右手に斧
宮毘羅大将(招杜羅大将)
右手胸辺に上げ剣を構える
招杜羅大将(珊底羅大将)
左手下げ剣を持つ
真達羅大将
左手に宝棒
珊底羅大将(安底羅大将)
右手に戟、冑なし
迷企羅大将(因達羅大将)
左手を上方に上げる
安底羅大将(伐折羅大将)
両手で払子を持つ
因達羅大将(波夷羅大将)
右手に戟、冑をかぶる
wikipedia


個性的なポーズと同じく、
十二神将の服や武器は、
それぞれ違うので、
それらを確認しながら、
参拝するのも、
また楽しいひとときです。




境内東南に位置する鐘楼は、
袴腰が漆喰塗りとなっている珍しい形で、
鎌倉時代中期に建立されたものとのこと。





「日本霊異記」にある「道場法師の鬼退治」の鬼の爪あと付き(!?)の梵鐘で、
もとは、元興寺にあったものが移されたそうです。







凍ってます。(>_<)




























会津八一歌碑












新薬師寺サイトはコチラ




ところで、

2008年、日本じゅうを驚かせた、
新薬師寺金堂遺跡の発見。
まだ記憶に新しいです。

創建当時の新薬師寺は、
奈良市街地の南東方、
春日大社の二の鳥居の南方に位置し、
最盛期には4町(約440メートル)四方の寺地を有し、
現在の奈良教育大学のキャンパスあたりまでが新薬師寺の境内地であったとうことですから、
どれだけ立派な伽藍だったのでしょう!

平成20年(2008年)、奈良教育大学の校舎改築に伴う発掘調査が行われ、同大学構内で新薬師寺金堂跡とみられる大型建物跡が検出された。同年10月23日の奈良教育大学の発表によると、検出された建物跡は基壇の規模が正面54メートル、奥行27メートルと推定され、基壇を構成していたと思われる板状の凝灰岩や、柱の礎石を支えていたとみられる、石を敷き詰めた遺構などが出土した。当地は現・新薬師寺の西約150メートルに位置し、上述の「東大寺山堺四至図」にある新薬師寺の七仏薬師堂に相当する建物跡と推定されている。
wikipedia

新薬師寺に隣接する奈良市写真美術館のすぐ近く、
遺構が確認された場所(奈良教育大学の一角)に、
現在も、案内パネルが展示されていますよ。







関連サイト
新薬師寺旧境内遺跡 現地説明会資料
奈良教育大学 新薬師寺旧境内大型基壇建物遺構


実は、
このことと少し関連する個人的な話として、
2009年の秋頃、
この近くの市立奈良病院に父が長期入院していたのですが、
私は、その見舞いの合間に、
奈良教育大学で行われた新薬師寺旧境内遺跡に関する一般公開セミナーに参加しようとして、
時間ギリギリに勇んで大学に行き、
間違って違う教室に入ってしまい、
まったく無関係の講義を1時間半受講してしまったという泣ける思い出があります。
ときどき、サザエさんみたいなことをやらかしてしまうんですよねぇ。
(受講者人数が少なくて教室を出るに出れない雰囲気で…、
 そのうち、だんだん講義内容もそれなりに興味深く思えてきて、
 結局最後まで居座ってしまったのでした。)







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JR東海のCM関連
唐招提寺
平城宮跡
菩提樹の実 西大寺
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新薬師寺 薬師如来坐像ポスター








2009年 新薬師寺のお松明と声明


4月8日、興福寺の「仏生会」に参拝したあと、
桜満開の奈良公園を散策し、
さらに、日が落ちた午後7時からは、

新薬師寺お松明に参拝してきました。

新薬師寺は天平19年(747)、
聖武天皇の病気平癒を祈り、
光明皇后が建てたとされます。

高畑ののどかな田園風景にしぶくたたずむ新薬師寺。

堂内で薬師如来を中心に、
円陣を組む最古最大の十二神将像は圧巻です。
十二神将は11体が天平期の製作。


落雷や台風のため衰退し、
現在の本堂は、創建当初は食堂だったという天平建築で、
ゆるやかにそりあがった屋根が美しいです。

昨年、近くの大学構内で、
新薬師寺の金堂跡とみられる大型遺構が見つかり、
一躍注目を集めました。

見つかった大型遺構は、
奈良時代の創建当初のもので、
基壇は推定で東西50メートルを越える巨大なもの。

発掘調査によると、
こちらの新薬師寺、実は、
奈良時代に東大寺と並ぶほど本格的につくられた
巨大な寺院だったらしいです。

専門家によりますと、
当時、税制が整って朝廷が潤い、
このくらいの寺院が作られてもおかしくない時代背景が
あったとのこと。



ちょうど、県外遠方より、お花見に来ていた友人とともに、
新薬師寺の到着したのは6時40分頃。
この日は拝観無料です。

参拝者の数は、決して多くはないのですが、
本堂の前は広くなく、高低もありませんので、
見通しよくお松明を見ることができる場所は、
かなり限られています。



私たちは、池を挟んだ少し離れた場所、
鐘楼の近くで、
見学することにしました。

スケジュールは、
午後5時 日中法要があり、
午後7時になると、
梵鐘が鳴り響き、大松明を十一本奉納 
その後、初夜法要
散華、導師の祈り、神名帳が唱えられます。

お水取り参拝でお見かけした僧侶が、
いらっしゃいました。
毎年、東大寺の僧が、新薬師寺の修二会(お松明)の奉仕に
参加されるんだそうです。

11本の松明も、東大寺お水取りと同じように、
京都府下から奉納されたもので、
当日朝から童子(どうじ)が準備されるのだとか。
私が遠くから見た印象でも、
お水取りのお松明とまったく同じもののように見えました。

40キロはあろうかという大きな松明が、
そう広くない本殿の前を横切っていきますから、
かなりの熱気です。





お松明の後に続いてこられる僧侶は、
本堂正面で足を止め、ご本尊様の前で一礼されます。

10本の松明が終わると、
最後はとりわけ大きい篭松明(?)が出て来て
僧侶全員が本堂に上堂。



そのあとは、一般参拝者も、
普通に堂内にはいることができ、
お祈り真っ最中の法要のすぐ横で、
声明に耳を傾けながら、
十二神将をじっくり拝むことができました。


本堂内は撮影禁止ですが、
屋外中庭から、
開け放たれた正面から見えた、堂内の様子を、
フラッシュなしで撮影した画像です。↓↓↓



クリックで別ウィンドウが開きます。
大きな音が鳴りますのでご注意ください。(1分28秒)
↓↓↓




関連ニュース↓↓↓

火の粉に大歓声 新薬師寺・修二会
激しく火の粉を散らす松明。担ぐ童子の後ろを僧侶が歩いた(奈良市の新薬師寺で) 奈良市の新薬師寺で8日夜、「修二会(しゅにえ)」が営まれた。僧侶の足元を照らす松明(たいまつ)をもった補佐役の童子が、本堂正面で松明を勢いよく回すと、火の粉が滝のように舞い落ちた。
午後7時、鐘の音を合図に、長さ7メートル余りの松明11本を持った童子が次々と登場し、本堂の外周を歩いて東大寺などの僧侶を先導。参拝者らは間近に炎が迫るたびに歓声を上げていた。
僧侶らは、本尊・薬師如来坐(ざ)像の前で、奈良時代から伝わる声明を唱えるなどして、人々の幸せや平和などを祈願した。日本中の神々の名を記した「神名帳」の奉読も行われた。(2009年4月10日 読売新聞)

火の粉に大歓声 新薬師寺・修二会 奈良 地域 YOMIURI ONLINE(読売新聞)より引用転載






【新薬師関連過去記事】
駅のポスター 薬師如来坐像

【修二会 過去記事】
東大寺 修二会 お水取りカテゴリー
2009年 薬師寺修二会の声明(動画つき)

【新薬師寺界隈】
春日大社 ささやきの小径(こみち)
奈良市写真美術館



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奈良市在住10年目の一般奈良市民が、何気ない普段の奈良の日々をつづった趣味ブログです。
美しい自然と、奈良公園の鹿・猿沢池の亀・奈良町ニャンコ達に挨拶する毎日に感謝。
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